大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)63号 判決 1954年3月30日

控訴人 被告人 盛次幸一

弁護人 諫山博

検察官 中倉貞重

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中、参拾日を本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人諫山博竝びに被告人各自提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について、

原判決の確定した事実の要旨は、被告人は判示高松一坑においてカツペ式採炭の実施にからみ、同坑採炭夫が行つていた集団欠勤斗争を支援するために他所から来集した十数名及び五、三〇記念大会開催のため集つた遠賀地区朝鮮統一民主戦線派約四十数名等の者が、昭和二十七年五月三十日午後一時頃同坑労働クラブ前玄関で赤旗、北鮮旗等十数流を押し立て円形を作つて集合しこれに漸次、同坑採炭夫等も参加してスト支援の挨拶が交わされているうち、同日午後二時頃五、三〇記念大会視察のため同クラブ前にやつてきた遠賀地区警察署巡査部長新田繁夫を参集者が発見し「スパイだ、逃がすな」と騒ぎ出すや、参集者六、七十名と共謀の上新田巡査部長を同クラブ玄関前端中央に連れ出して取りかこみ、その脱出を因難ならしめた上、囲繞の態勢を解かず、同人がやむなく身分、氏名を明かすや警察に対する非難攻撃の言辞を弄し、罵詈雑言をして喧騒する参集者多衆の威力を背景にして新田部長の身体又は自由に対して危害を加えかねまじき気勢を示し脅迫を続けて畏怖させるとともに身体の捜査をしたり、種々糺問的質問を続発してつるし上げ、依然として包囲態勢を解かず、同部長が報告のため本署に帰ろうとするのを許さず、更に警察手帳を取り上げてその内容を読み上げ、なお参集者に向つて「自分は署長の命令で来たが経済斗争の弾圧に来たのではない、皆さんに迷惑であれば申訳ない、悪ければお詑びする」旨弁明させた上、その要領を書面に記載することを強要し、署長の命令で来たこと、将来高松一坑の集会に来ないことも書き入れろと申し向け、早く書けなど大衆の怒号する中で身の危険を怖れた同部長をしてやむなくその旨の文書一通(詑状)を作成提出させた上、これを参集者に向つて読み上げさせて義務なきことを行わせ、ついで新田部長をデモ隊に入れて警察に抗議することとし、同日午後四時頃約二百名の示威隊を編成し同人を無理にその示威隊の中央附近に引き入れ、他の者と交替しつつ同部長とスクラムを組み、デモ行進列中から脱出し得ないようにして、同所から判示水巻町警察署前まで連行し、以て午後二時頃から午後五時過頃まで約三時間余、同部長の自由を拘束して不法に監禁したというのであつて、右被告人の所為は労働争議に関し、社会通念上許容される限度を超え、労働組合法第一条第一項の目的達成のためにする正当の行為といい得ないものであることは多言を要しないところである。

そもそも、労働組合法第一条第二項の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて同条第一項にかかげる目的を達成するためにした正当な行為について、刑法第三十五条の適用を認めるとともにその但書において暴力の行使はいかなる場合にも、刑法第三十五条にいわゆる「法令又は正当の業務に因り為したる行為」と解釈されてはならないものとして不法な実力行使を禁止しているのであるから、被告人の本件強要、不法監禁の所為を暴力の行使と認め、労働組合法第一条第二項本文の規定を適用しなかつた原判決は正当であつて、所論のように法律の解釈を誤つた違法は存しない。所論は独自の見解であつて全く理由がない。

同控訴趣意第二点について、

しかし、本件記録を精査しても新田繁夫が判示労働クラブ前で所論のように職権濫用罪を犯した事実は毫も認められないので、被告人のした逮捕行為に犯意がないとはいえない。又仮りに同人をスパイだと信じて逮捕したとしてもそれは原判決の説明するとおり、法の不知であつて犯罪の成立を阻却しないので被告人のした本件逮捕監禁の所為が犯意を欠ぐという論旨は理由がない。

同控訴趣意第三点について、

しかし、原判決挙示の証拠によると、論旨第一点において摘示した原審認定の事実が認められ、その被告人の所為が刑法上強要罪及び不法監禁罪を構成することも疑ないので、原審のした事実の認定及び法律の適用は正当であつて、原判決には毫も事実誤認若しくは法律適用の誤なく、論旨は理由がない。

同控訴趣意第四点について、

しかし、被告人のした本件所為は、冒頭掲記の原審認定の事実のとおりであつて当時の諸般の情況に鑑み、被告人がその所為をしなければ他に方法がなかつたものとは到底認められないので、右被告人の所為を以て所論のように期待可能性がないものと認めることはできない。論旨は採用し難い。

同控訴趣意第五点について、

しかし、本件犯罪の動機、態様、罪質その他諸般の情状を考えると、所論の点を斟酌しても原審の被告人に対する科刑は相当で決して重いとはいえないので論旨は採用することができない。

被告人の控訴趣意第一点について、

しかし、原判決が判示事実認定の証拠とした新田繁夫作成名義の詫状(昭和二十七年小倉支部領第三七八号の一)が、本件被告人等の強要により判示日時場所において新田繁夫の作成した詫状であることは原審第二回公判廷における証人新田繁夫竝びに原審第三回公判廷における証人浦池護の各供述及び原判決挙示の別件証人籾木辰衛の尋問調書によつて明らかであるから、右詫状が偽造であることを前提とする論旨はいずれも理由がない。そして原判決挙示の証拠を綜合すると、原判示のとおり新田繁夫に強要して判示詫状を書かせるなどした強要罪及び同人を不法に監禁した原判示事実を認定することができる。そして証拠のうち右認定にそわない部分は原審の措信しなかつたものと解すべきで、その証拠の取捨、選択及び価値判断が合理性に違反する点も見当らないしその他記録を精査しても原審のした事実の認定に誤認は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点乃至第四点について、

しかし、原判決が適法に認定した被告人の判示所為が刑法の強要罪及び不法監禁罪に該当することは明白であるから、被告人の判示所為をそれぞれ右各罪に問擬処断した原判決は正当であつて記録を精査しても各所論の事実は毫も認められない。所論は、結局独自の見解にすぎないので理由がない。

以上の理由により本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に従いこれを棄却すべきものとして未決勾留の日数の通算につき刑法第二十一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 西岡稔 判事 大曲壮次郎 判事 天野清治)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は、労働組合法第一条二項の解釈適用を誤つている。原判決は、被告人の行為が強要不法監禁等の暴力行使をともなつているが故に、労組法第一条二項の適用がないと判示している。この判決は刑法(市民法)上の暴力と労働法上の暴力を同一にみるという考え方の上に立つている。しかしこの立場は労働運動と労働法の無理解を意味する。

資本主義社会の矛盾の激化につれて、労働者の抵抗運動が高まると、労働運動は市民法の理念では律しきれなくなつた。市民法の理論では違法としかみえない行為が労働運動の世界では新しい秩序として確立された。市民法の理念では違法とみえる労働運動の秩序を新しく法律で正当としたのが労働組合法第一条二項である。

労働法第一条二項で使われている暴力という字句も右のような労働組合運動の歴史及び本質と無関係に解釈されてはならない。したがつて市民法で規定している要強不法監禁等にふれる行為があつたからといつて、直ちに労組法第一条二項の適用を受けないということにはならない。原判決が刑法上の暴力と労働法上の暴力を同一視しているのは明らかに違法であり、このような法律の誤解が被告人らの正当な労働運動を違法と断定しているのである。

右の法律解釈適用の誤りは、無罪たるべき被告人を有罪にする一理由になつているので原判決は破棄さるべきである。

第二点原判決は、弁護人の主張(五)にたいする判断のなかで被告人が新田部長をスパイと信じて逮捕したとしても、これは法の不知にすぎないから犯罪の成立を阻却しないといつている。これは誤りである、被告人が新田部長をスパイと信じていたことは疑いない。この場合のスパイとは、憲法上の思想の自由、団結権、争義権を侵害し、労働運動にたいする委員会十六原則、労組法に違反する職権濫用行為であり、しかも現行犯である。新田がスパイであつたか否かは別問題として被告人は新田は職権濫用罪の現行犯人と確信して新田を逮捕した。しかも被告人が新田をスパイと信じるには、充分の理由があつた。そこで被告人は新田を水巻署に連行して署長に抗義しようとしたのである。そこに犯意は全く認められない。法の不知というような義論が容れられる問題でもない。この点でも被告人は無罪でなければならない。

第三点被告人には原判決の判示したような強要や不法監禁の行為はなかつた。強要と判示しているのは、スパイ行為をしたことの謝状を書かせ、それを読み上げさせた行為である。新田部長に何らかの不快感があつたとしてもそれくらいのことを強要罪というべきではない。新田をスクラムに連れこんだ行為も、労働者にありがちの行動であり、不法監禁とは認められない。この点で原判決は、事実誤認及び法律適用の誤りを犯している。

第四点被告人の行為には期待可能性がない。争義中の組合に警察官が来て大会の内容をスパイされている現場を発見した労働者は、たといスパイと信じたのが誤解であつたろうとも、被告人がなしたと別の行動が期待されるだろうか。権利の為の斗争という言葉もあるように、団結権や思想の自由が侵害されようとしているとき、これにたいする斗争をすることは各人の義務である。被告人は労働者としての信念と確信の命ずるまま、良心的なすべての労働者の当然なすにちがいない行為をなしたまでである。このような行為は、期待可能性がないので無罪の判決を言渡さるべきである。

第五点原判決の刑の量定は不当である。判決文に表れた罪名をみると、いかにも重大犯罪のようにみえる、しかし事件の実体は、被告人の行為が有罪になると仮定しても、正常な組合活動の範囲をいくらか越えたということにすぎない。この事件のために、病弱な被告人は長期の未決勾留に処せられている。諸般の事情を考慮したうえで被告人に対して無罪か、或いは執行猶予の判決を希望する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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